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チャド報告7. 後半戦開始

12/30 検査の仕方を教えることも、今回の重要なテーマ。写真は、セルチェック。安いセルにつられて購入すると、出力がめちゃくちゃな物も掴まされる。その時に備えて、簡易のセルチェッカーを用意しました。光源は、車のヘッドライト。壊れてもこれならば、交換出来る。この他にも小型のバッテリーチェッカーを手作りして持って行きました。

セルと言えば、小型太陽電池は5インチを8分割した物を利用していました。4.5w程の出力です。これを現在主流の6インチセルの8分割に代えた物を持って行きました。出力は9Wに倍増します。しかも、価格はほとんど変わらない。むしろ安い。写真が、新型のミニSHS用の太陽電池です。

ところで、この青い服、IOMのカラーです。女性陣もテレビ出演(最近取材が入ったそうです。でも、彼ら自身は映像が見られない)にあわせて、あつらえた物でしょう。とてもきれいな制服。

ここで、一人紹介しておきます。アハマッド君。

 

IOMのスタッフ。チャドの北部の生まれです。ティシに来て1年め。現在は女性組合の担当として、我々とともに動いてくれました。彼,人をまとめて引っ張って行く能力と、事態を把握する力、この国を良くしたいと言う使命感が備わっている。こうした人材が今後の女性組合には絶対に必要となる。最後の最後、商品の価格決定の時に、彼の能力が遺憾なく発揮されるのだが、その話しは、後ほど。良い人材と出会って、とても嬉しい。

 

 

| 未電化地域支援 | 11:38 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告6. ミニSHS

11/28  女性陣へのミニSHSの講習を開始。6Vのバッテリーとコントローラを組み合わせて、これ又手作りのLEDライトを使用する。これは、原型。今回は、バッテリを使用せずに、太陽電池から直接携帯を充電出来るシステムも、あわせて教える予定である。これらの商品は、女性組合の柱がそれなりにしっかりするまでの、メインの商品となると考えている。と言うのは、チャドの舗装のない道路では、雨期の半年、資材の輸送は止まる。インプラの整備はしばらくの間、望むべくもない。70Wの太陽電池で組上げる中、大型のシステムを購入する力はこの近隣にはない。ニーズのある首都圏や大都市に運ぶ術はない。

そして、彼女たちの手先は、なかなかのものだ。

こんなことも教えた。初めはおっかなびっくりのドリル仕事。

 

11/29は、組合のリーダーたちに、流通の流れを、説明した。しかし、リーダーと言っても、年功序列。実際に動かしいるのは、上の写真のメンバーたち。彼女らへの説明も、後ほどしなければならない。それでも、最初のにおばさんたちに説明しなければならない。結構、順番には気を使う。

 

 

資材が届くのは、発注が決まってから、何か月もかかるよ。支払はUSDだよ、物がついたら、首都ンジャメナで検品するんだよ......

| 未電化地域支援 | 22:41 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告5. マルシェ

11/27  日曜日。チャド人は休みでも、短期滞在の日本人、働かねばならない。それでも、朝はゆったりとマルシェヘでかけて、パンを購入。一個1スーダンポンド。約15円。左の小山が、パンを焼く土釜。近くのお姉さんが、燃えている炭化した薪を、パンの代わりにもらいに来ていた。

 

 人々の我々に対する対応が柔らかく感じる。あちこちから声がかかり、挨拶が飛んでくる。ここに関わって3年。平和が続いているせいか。

 この日は、DCの冷蔵庫を設置し、ラミネーターのパッキンの固まり具合を確認の上、その両サイドにシリコンで土手をつくった。3寺には仕事を切り上げ、早々とビール。次第に夜の色に変わって行く赤い空を見ながら、心地よい風にあたる。

| 未電化地域支援 | 22:15 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告4 大事件!

11/26

 オフィスのバックアップシステムを施工しているボーイズのグループから、事件発生のニュース。女性組合のベテラン製作員たちのつくった太陽電池の出力がでないと言うのだ......原因はすぐに解った。太陽電池の後のジョイントBOXが、これまでのものと違うのだ。わたしが、今後のことを考えて前もって入れておいたバイパスダイオードのあるタイプ。市場ではこのタイプが一般的だが、値が張るので、これまではダイオードのないタイプで指導していた。今回の訪問では、そのやり方を教える計画もあった。しかし、彼らはすでに使用していた!  なぜ?  答えは、これまでのジョイントBOXを固定するシリコンが無くなっていたからとのこと。ダイオードタイプの裏側には、両面テープが張ってあったのだ。それで、彼らは新しいBoxを使ったのだ。このタイプ、取付の仕方により、出力が出なくなる。

製作した枚数は、どのくらいあるのだろう......きけば、つい先日、首都ンジャメナのIOMに35枚、送ったばかりだと言う。

 

とりあえず、ボーイズたちには治し方を伝えて、設置作業を進めてもらうことにする。

 

取付け方法を教えなかった我々の責任でもある。しかし、問題は、もっと根が深い。彼らは製作したものの製品検査を行なっていない!!!! うーんんん、と、唸ってしまった一瞬である。

 

それでも、オフィスのバックアップシステムは、無事に完成した。

 

これで彼らは、冷蔵庫を使い、テレビを見る?!?!?!???

 

 

| 未電化地域支援 | 17:25 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告3. バックアップとラミネーター

11/24 キレットからティシまでは、70kmを3時間あまり走る。この間の道は、ワダチが深くえぐれ、最悪。それだけ車の通りが多いと言うことか。それでも、ティシには9時30分には、到着していた。この時間なら、仕事をしない訳には行かない。早速、リーダーのマルティン女史と今回のプロジェクトの大まかなプランを確認する。マルティンは、2015年に日本にきたメンバーの一人で、もっとも大柄な女性。今年結婚して、妊娠しているとは聞いていた。それにしても、千年杉と思う程大きい。もう臨月に違いないと思うが、まだ、2ヵ月先だと言う。臨月になったら、どうなるのだろうか、とても心配。

  2016年の一月の訪問直後、ラミネーター一台が使えなくなっていた。推測通り、ヒューズが切れていたので、それを交換。と同時に、今回の訪チャドの一つの大きな目的の一つである新素材のシリコンパッキンへの交換を行なう。このラミネーターが使えるのは、多分、帰国の頃になる。と言うのは、この国の極端に強い乾燥のためである。ラミネーターのボディとパッキンを接合させるには、シリコンを使う。シリコンは空気中の湿気で固まる。乾燥地帯のチャドでは、なかなか固まってくれない。そのためもあってか、パッキンが日本と比べて変形し易い。新素材と新しい接着剤を使っての作業となった。こんなことがノウハウになるのだね。

 

もう一チームは、ボーイズたちへのバックアップシステムの授業。今回初参加の小峯氏の出番である。バックアップシステムは、本事業の柱の70wの太陽電池を大量に使用する。いずれ、女性組合の柱の事業になるはずのもの。しかし、それだけ危険がある。素人が手を出すには、あまりに危ない。チャドの電気工事士アランとリンにも、加わってもらった理由である。安全性と、もう一つ、バッテリーの管理についての、みっちりした講義を、小峯先生は、披露してくれた。電気工事士同士、言葉が通じなくても、見れば技量がわかるのだろう。アランとリンは、すっかり彼を先生扱い。ダメネ!を連発したようで、最後には、小峯と呼ばれずに、ダメネと、呼ばれていたけれど。

 

女性組合に対しては、まずは、今回の講習のために彼らが購入した資材の点検をしてもらう。実は、このことは、とても大きな第一歩なのだ。これまではIOMの資金で資機材は購入され、支援として、彼女たちは受け取っていた。今回から、彼女たち自身の資金で購入したのだ。その点検を教えると言うのは、ソーラーネットとしても、技術支援から自立支援へと、一歩踏み出したことを意味する。と言っても、必要資材や支払など、自分たちで実行した訳ではないので、まずは、ほんの一ステップと言うべきか。

 

 

 

| 未電化地域支援 | 16:34 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告2. 往路

11月23日 首都ンジャメナから国連機でゴズベーターへ。ここで、同行の山本君とは別行動となります。彼は、ハラスで井戸掘りが待っています。われわれは、そこで待っていてくれたドライバーのヒッセン氏とティシへ陸路で向います。ヒッセン氏は昨年8月、日本を訪れたメンバーの一人です。ランクルには、日本からの4人の他、ンジャメナの電気工事士2人、計7名が乗ります。前回は後部座席に2人でしたから、今回はハナから親密な関係の旅になります。尻は痛くなるは、腰はうずくは、酔い止めのせいで眠くなるは。がたがた道なので、なかなか眠れません。うとうととすると、窓ガラスにがつん。

途中の町では、携帯の充電屋さん。太陽電池が入っていました。この国もものすごい勢いで、電子化が進んでいました。後ほど経験したのですが、携帯でお金のやり取りをしているのです。本では読んでいましたが、自分たちが実際にやるとは考えてもいませんでした。携帯は必需品になっていますね。

前回は、乾期のまっただ中、すべてが砂の色でした。薪になる枯れ木が道ばたに重なっているくらいで、緑はほとんど見えませんでした。所々にぽつんとあるほったて小屋の意味が解らずに首を傾げていました。今回は、雨期が終わり、乾期の入り口です。ようやく小屋の意味が分かりました。見渡す限り雑穀の畑です。その作業小屋だったのです。多分、10時間250kmの道中、1/3くらいは、人の手の入った畑です。雑穀は、実りの時期を迎え、働いている大勢の人達を見ました。ほっとしました。穂を刈り取り、茎は家畜が食べます。駱駝さんも、牛さんも、やぎさんも、沢山いました。

 

この日は、やはり野宿になりました。お昼頃にゴズベーダーを離れたのです。途中エンストした車に関わったりしていましたから、到着するはずもありません。それでも、どうにかIOM支援事業の域内の村、ティシから70kmの村までたどり着いていました。これは助かりました。というのは、私と電気屋さんの小峯氏、年よりだけに、簡易のベットと毛布を出してくれたからです。若者2人はゴザの上です。兵士たちは手慣れたもの、すぐに火をおこし、テントを立てて、食事に入ります。ンジャメナからの2人の電気工事士、アランとリンも、要領よく毛布らしきものを取り出して眠りの準備です。

私は、少し甘く見ていました。ンジャメナでは夜冷えると言っても、長袖を着ればしのげる程度の寒さでした。沢山長袖は用意していたので、若者2人に毛布を渡しました。ベットの下敷きになっているカーペットらしきもので充分と判断したからです。しかし、砂漠の夜は、どんどんと冷えて行きます。月と星は、輝きを増して行きます。真夜中過ぎ、がたがたと震える体に慌てて重ね着をします。それでも、寒い。まずい、風邪ひくなあ。と覚悟しましたが、体が日本の冬型になっているせいか、しのぐことが出来ました。

支援で立てた街頭が、2時頃にはうすぼんやり。どうやらバッテリーの電圧が足りない。太陽電池か、バッテリーの劣化か。一宿の恩義、翌朝点検。太陽電池の端子が焼けていたので、太陽電池からの電気がうまく流れていないと判断。

| 未電化地域支援 | 15:34 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告1. チャドに行って来ました。

2016年11月16日から12月10日まで、帰還難民女性組合への太陽光発電技術支援で、チャド共和国をおとづれました。2014年から4回めとなります。参加人員は4名。常連に加えて、電気工事業をリタイヤした専門の電気工事士小峯さんが、加わりました。

とても沢山、お話ししたいことがあるので、何日かにわけて、報告します。

 

チャドは、ビザが事前に取れません。チャドの国に入って申請し、3日後に発行されます。それから目的地への移動となります。僕らの目的地は、ティシ、中央アフリカとスーダンとの国境にある辺境の地です。今まではティシには国境なき医師団やUNICEFがいて、ティシへの国連機は、週に二回ありました。今は、この二つの団体、地域の安定とともに撤退しています。週に一度、それも、場合により飛ばないこともあります。それで、今回はゴズベーダまでフライト、そこからティシまでは陸路、10時間250km、ランドクルーザーでの移動です。例により、軍隊の護衛つきです。

 首都にいる間、国連のIDカードの取得とか、荷物が壊れないように、再梱包等の陸路に備えての準備です。国連のIDカードは、今回、とても役に立ちました。空港でのチェックがとても楽になります。水戸のご印籠、そのものです。

 写真は、荷物の再梱包のために、ベニヤ板を捜している最中(ここでは、ベニヤ板一枚捜すのも、結構大変です)に見つけた畑です。バクチョイに似た葉ものと、トウモロコシを作っていました。大豆かなとも思える枝もありました。水があるところ、小さな畑を農夫が一生懸命に耕していました。そこへ、奥さんと、赤ちゃんがやって来て、戯れる。とても良いシーンに出会いました。

 

| 未電化地域支援 | 13:31 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
現地でできる街灯

チャドでの街灯、これまでは単管パイプを利用していました。でも、この国では、単管が手に入りにくい。そこで、現地で、溶接でできる柱を設計して、試作してみました。計算上は40mの風でもOK。これで、チャドの人が自分たちで太陽電池を組立て、それを街灯に組立てることができますよ。

 

| 未電化地域支援 | 16:50 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告
 チャドの帰還難民の女性たち(女性組合を形作る)が、太陽電池を作り始めてから、一年が経過しました。ソーラーネットは、2015年度2回現地を訪れ、夏には5人のチャド人を日本で受け入れて、研修しました。
 ここでは、20161月早々から始めた第3回目の訪チャド事業を中心にお伝えします。
14日に3人の若者が飛び、3週間遅れで2人のおじさんが合流。214日に、3人がチャドを離れ、314日に2名の若者が帰国する、かなり変則的な行程となりました。その訳は、後ほど。
 まずは実際行なったことは、次のことたちです。
1. 女性センターの電気環境の整備。
2. 太陽光発電によるバックアップシステムの導入
 センターの電源は一台のジェネレーターだけに依存しています。これからの脱却のために、大きな太陽電池による電源供給のシステムを設置しました。

3. ミニソーラーホームシステムの作り方を伝える。
4. 充電ビジネスの改良
5. 女性組合員への内部講習会の開催
6. ソーラーポンプシステム
 私たちの宿舎となっていたUNICEFの宿舎に設置されていた動かないソーラーポンプを、川上氏とポンプ担当の山本氏の2人が、修理し直しました。
 このサイト、10,000人くらいが住んでいます。今まで人々の飲み水は、UNICEFにあるジェネレーターで動く交流の井戸ポンプによるものだけでした。このジェネレーター、今は石油が高いとの理由で、1830分から2230分の4時間しか稼働しません。夕刻になると子供たちが何十人も並んで、順番を待っています。
 ソーラーポンプの復活で、サイトの生活は格段に安定し、変化します。写真は、復活したポンプの水を汲んでいる光景です。
 水は電気よりも、大切です。今回の事業でもっともジーンと来た光景でした。
 
7. その他
 太陽電池の事業と平行して、田んぼのプロジェクトも行なわれていました。サイトから車で15分くらいの所にある川辺です。見学に行く機会がありました。砂漠化している地域、それでも水辺にはたくさんの生き物たちが集まります。ほっとする地域です。
 
 
 さて、ここで、今回の事業の最大の問題点を報告します。
 日本からの荷物は、11月末には、送り出し可能な状況でした。しかし、色々なトラブルから遅れに遅れ、急ぎ便として出した航空便の荷物が現地についたのが、201634日になってしまいました。
  今回に限らず、チャド事業、第一回目は、ジェネレーターの不備、第2回目は半田ごての全滅騒ぎ、と、色々と楽しませてくれます。あまりにきちんとしすぎているわが国と、足して二で割るとちょうどいいのかなあ。
 
 サイトと川の間には、大きな市場のスペースがあります。木曜はお祭り規模で、月曜日はこじんまりと、店が立ちます。今年は常設の店も立ち始めていました。この一角に女性組合のカフェが店開きしていました。このカフェでお茶を飲んでいると、女性たちの力が、徐々に発揮され始めているなあ、と感じることができます。暮らしを自分たちで造って行くと言う、女性たちの太古からのエネルギーです。それを壊すのは、ひとえにそしていつも、イクサ、です。
 イクサさえなければ、人々は暮らしを安定させるために、黙っていても動き出す。特に女性たちの力は大きい。一年前のティシと、今回のティシとでは、そんな生活の丸く確かなエネルギーを感じさせてもらいました。
 支援する側はどうしても上から眺めてしまいがちです。「だから田舎者は困る」そんな、思いになりがちです。支援を受ける側は、もらい慣れして、少しでも楽に多くを手にしようとします。その溝を埋めて行くのは、そして、支援活動の目的地である「現地の人々が自分たちで決めて動く」にまで到達するためには、多分、お互い(この場合は、現地の人々、IOM、ソーラーネットの三者になると思います)の、信頼関係なんだろうなと、思います。多分、私が、今回現地で感じた「丸いエネルギー」は、私自身の彼らに対する視点が変わったからかもしれません。
 どうしたら、手作り太陽電池を、彼ら自身で継続して製作して行くことが出来るようになるのか、ひとつひとつ課題を洗い出して、2016年度につなげたいと思っています。
 でも、「手作り太陽電池」は、彼らの暮らしの中のほんの小さな一つの選択肢でしかないことだけは、肝に命じておきたいですね。
                           
 
 
 
 
 
| 未電化地域支援 | 14:37 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
お別れ
はじめ呆然とした一月、過ぎてしまえばあっという間。
アイスクリームばっかり食ってた事、とうとう寿司を好きにする事が出来なかった事、そうだ、風呂屋にも連れて行かなかった! 
たくさんおみやげを買い込んで、新潟の海まで見たよ。

9/16、送別パーティーには都幾川のジャンベ隊が来てくれました。この間、はじめと真中と、合計3回、お世話になったアフリカ太鼓。それにしても、アフリカ人は、のりが良い。



そして卒業式。



16日は、良く稔った田んぼを見学して、帰国。来年度は、稲の事業も始まるとか。幸あれ!

 
| 未電化地域支援 | 15:11 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP