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チャド報告2. 往路

11月23日 首都ンジャメナから国連機でゴズベーターへ。ここで、同行の山本君とは別行動となります。彼は、ハラスで井戸掘りが待っています。われわれは、そこで待っていてくれたドライバーのヒッセン氏とティシへ陸路で向います。ヒッセン氏は昨年8月、日本を訪れたメンバーの一人です。ランクルには、日本からの4人の他、ンジャメナの電気工事士2人、計7名が乗ります。前回は後部座席に2人でしたから、今回はハナから親密な関係の旅になります。尻は痛くなるは、腰はうずくは、酔い止めのせいで眠くなるは。がたがた道なので、なかなか眠れません。うとうととすると、窓ガラスにがつん。

途中の町では、携帯の充電屋さん。太陽電池が入っていました。この国もものすごい勢いで、電子化が進んでいました。後ほど経験したのですが、携帯でお金のやり取りをしているのです。本では読んでいましたが、自分たちが実際にやるとは考えてもいませんでした。携帯は必需品になっていますね。

前回は、乾期のまっただ中、すべてが砂の色でした。薪になる枯れ木が道ばたに重なっているくらいで、緑はほとんど見えませんでした。所々にぽつんとあるほったて小屋の意味が解らずに首を傾げていました。今回は、雨期が終わり、乾期の入り口です。ようやく小屋の意味が分かりました。見渡す限り雑穀の畑です。その作業小屋だったのです。多分、10時間250kmの道中、1/3くらいは、人の手の入った畑です。雑穀は、実りの時期を迎え、働いている大勢の人達を見ました。ほっとしました。穂を刈り取り、茎は家畜が食べます。駱駝さんも、牛さんも、やぎさんも、沢山いました。

 

この日は、やはり野宿になりました。お昼頃にゴズベーダーを離れたのです。途中エンストした車に関わったりしていましたから、到着するはずもありません。それでも、どうにかIOM支援事業の域内の村、ティシから70kmの村までたどり着いていました。これは助かりました。というのは、私と電気屋さんの小峯氏、年よりだけに、簡易のベットと毛布を出してくれたからです。若者2人はゴザの上です。兵士たちは手慣れたもの、すぐに火をおこし、テントを立てて、食事に入ります。ンジャメナからの2人の電気工事士、アランとリンも、要領よく毛布らしきものを取り出して眠りの準備です。

私は、少し甘く見ていました。ンジャメナでは夜冷えると言っても、長袖を着ればしのげる程度の寒さでした。沢山長袖は用意していたので、若者2人に毛布を渡しました。ベットの下敷きになっているカーペットらしきもので充分と判断したからです。しかし、砂漠の夜は、どんどんと冷えて行きます。月と星は、輝きを増して行きます。真夜中過ぎ、がたがたと震える体に慌てて重ね着をします。それでも、寒い。まずい、風邪ひくなあ。と覚悟しましたが、体が日本の冬型になっているせいか、しのぐことが出来ました。

支援で立てた街頭が、2時頃にはうすぼんやり。どうやらバッテリーの電圧が足りない。太陽電池か、バッテリーの劣化か。一宿の恩義、翌朝点検。太陽電池の端子が焼けていたので、太陽電池からの電気がうまく流れていないと判断。

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