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さあ、これからだ。

展示会も終わり、後半戦。

3/9と3/10は、ソーラーネットとしては初の試み、経営講座。きちんと学んで、しっかりとした組織運営をしてもらわねばなりません。まずは、外見から変えてみよう。経営者のスタイルをしてみました。

違う、違うよね。本当は、こんな講座。人生ゲームを変形した太陽電池製作経営ゲーム。変な太陽電池をこさえると、持ち金が、減ってくぞ!! 森君の発案。

文字を書いてみました。

 

講習会の最後に、参加者の一人から、「Tissiに帰ったらすぐ、みんなで賃金のリストをつくる」と言う台詞が飛び出しました。嬉しかったですね。

 

最終日、Tissiで我々とずっと一緒に動いていてくれたマルティンの家を訪問しました。赤ん坊を産んだばかり。となりの女性が、噂の藤村さん。彼女がこのプロジェクトを作り上げてくれた女史。

マルティンに話しかけているのは、「もう一人、お腹には残っていない?」????

 

マルティンは、産休を終えて5月から再び、Tissiに戻る。さあ、これから、だ。

 

| 未電化地域支援 | 15:11 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
砂漠の国に、きれいな花を咲かせたい

我々が到着した2日には、カメルーン大使館の水野さんも、チャドに滞在していました。早々に、彼女から、ザカリア氏と面会出来るとの連絡を頂きました。前回会えずじまいだったので、私の方も50%の期待で受け止めて。

と、ほとんど同時に、IOMの藤村さんから、とんでもない連絡が飛び込んできました。彼女が、IOMチャドの所長とけんかして、辞める、いや、もう辞めたとのこと。チャドの事業に関しては、ほとんどが彼女の辣腕によっていたもの。彼女がいなくて、どうするんだ!!!!  気分はまるで、ジェットコースター。長旅の疲れがどっと出ましたね。

 

結局ザカリア氏とは、3/4, 大統領府近くの仕事用の自宅で再開することが出来ました。私が彼に提案した手作り太陽電池による電化事業の計画は、すでに大統領の指示で検討が始まっているとのこと。さてさて、砂漠にきれいな花を咲かせることが出来るかどうか。咲かせたいなあ。

 

手にしているのは見本で持って行った太陽電池。これではなくて、もっと立派なものを上げましょうと言うことで、一時間程で、分かれました。それが、前のブログにある写真。これを、帰国前に、彼の夫人に、女性たちとともに手渡すことが出来ました。

 

 

今回の滞在の間、政府関係であったのは、農林大臣、再生可能エネルギー機構(ADER)の長官、女性大臣、、、特に、国の計画の窓口となるADERとは、じっくりと話すことが出来ました。

 

| 未電化地域支援 | 17:09 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
女性週間

2017年に入り、2度目のチャドになります。前回2月半ばに日本に戻り、時差ボケがどうにか治ったと思ったら、2週間して舞い戻り。こんなに頻繁に行くと、関税から密輸と疑われないかなあ。

3/1、成田を発ち、翌日の昼には、チャドの砂の上に立っていました。今回は、女性週間にあわせた2回目の女性組合展示会への参加が目的です。行政関係との顔合わせ、打合せ、そして、前回判明したティシでの賃金問題による対立の推移を見定めること。2月の訪問と主眼はおおむね同じですが、大きく違うことが一つ。それは、費用。

 IOMとの契約は、2/28で、切れました。したがって、この旅の費用は全てソーラーネット持ち。確かに物好きです。でも、私は、何かとんでもないことが起こりかけている、そんな予感がしていて、磁石に引かれるように、出かけて行きました。胸騒ぎの2週間でした。

 

女性週間は、3/1〜3/8まで続きます。その間ずっと、女性組合の展示ブースは続いていました。参加ブースは、全部で30くらい。日本でも良くあるテントの出店。でも、色はカラフル。かまどとか、手織りものとか、銀行とか。ご多分に漏れず、有機農業のブースも3つ程。下の写真は里芋。リッバだ。日本のものと、そっくり。女性組合は、やはり手作り太陽電池。売れるかなあ?

着いたその日にはもう、展示ブースは始まっていました。どうしても組合の状況が知りたくて、休むこと無く会場へ。同行の志士からは、かなりのブーイングが。でも、Tissiからやって来ていた彼女たちの顔を見たとたん、ほっとしました。対立していたお互いのメンバー4人が、ニコニコとで迎えてくれたから。賃金の問題は、トリアエズ解決したとのこと。大きな傷を残す前に、元のレールに戻れたようだ。彼女たちと一緒に過ごした二週間、そのことは肌で感じることは出来ました。

 

3/5、3/6 は、室内会場で若い指導者対象の技術研修。彼女たちは丸2ヵ月、製作現場から慣れていたのだから。実力の低下があるのか無いのか、こちらは興味津々。相手は緊張。結果は、上出来。

 

この太陽電池、チャドの大統領府に届けられることになります。その話は、この後に。

 

 

 

| 未電化地域支援 | 16:07 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
大きな転換点

2/6 に、私と上橋氏がティシに移動しました。川上さん、小峯さん、そして7日に合流する山本さんが、チャド湖周辺のバカズーラへ移動します。彼らは、街灯や電源設備の指導を担います。実際は、ご多分に漏れず、資材が未到着で、悪戦苦闘したとの事。今回の私からの報告では割愛させてもらいます。

さて、ティシは、大変な事になっていました。賃金を巡って、組合リーダー・IOM現地スタッフ(以下Rと表します)と、これまで製作と活動の実質をになって来た若手の女性達4人(Y4と表します)とが、対立し、Y4が女性センターに来ていない事態でした。12月末から2ヵ月続いているとの事。

今までY4達には5000セーファ、研修生たちには2500セーファを支払われていました。これを一律に2500にしたとの事。2500と言うと、日本で言う最低賃金のラインをかなり割り込んでいる水準でしょうか。5000だと、まあ子供を育てられる額かなあ。

技術指導者の手薄の中、Rたちは活動を維持するために400名の組合員に、太陽電池のつくり方研修を続けて来ました。確かに、出来上がった太陽電池の質は悪くなっています。

割れたものも転がっていました。展示会でも2枚製作した中の一枚は不良品でした。このままでは組合は自立のためのビジネスを開始する前に、内部金を食いつぶして解散してしまうでしょう。

この日から、ティシを離れる前日2/8日の夜まで、IOM現地スタッフで女性組合の担当のアハマッド氏と、ずうっと議論が続きます。Rの主張は「Y4は全員に技術を教える義務があり、賃金は平等で良い。仕事がしたかったら、Y4が来るならば拒む事は無い」かたやY4は、「自分たちの技術をきちんと認めて欲しい。2500では子供も育てられない。自分たちは仕事がしたい」です。事業を展開する上で常につきまとう典型的な労使問題ですね。また、緊急支援事業として始まったこの事業が、自立・持続を目指す事業に切り替わる、ちょうどそのど真ん中にいると言う事ですね。緊急支援は平等の分配が、是です。しかし、それでは、ビジネス事業は出来ません。女性組合が、どちらに行くのか、問われていると言えます。

 ところで、女性組合のビジネスチャンスはとても大きなものになりつつあります。この事に組合のリーダーたちも、Y4のメンバーも気づいていませんでした。

 充電ビジネスは大成功していました。太陽電池の発電で携帯を充電するビジネスです。一日50件、100セーファ/回の料金を取っています。

 

これは、そのまま太陽電池システムの販売につながります。100×50×365でいくらになるのか、計算してもらいました。180万セーファになります。この数字に、リーダーたちはかなり衝撃を受けたようです。近隣の集落にこのシステムは、かなりの台数販売出来ると言う事です。この他にも、いくつものビジネスの話をしました。私も、話しながら、自分は詐欺師になのかなあ、と自問自答。

 

また、IOMが支援を切り上げた後の動きは、IOMチャドを中心に着々と進められていて、それなりの政府機関の支援が期待出来る状況になりつつあります。

要は女性組合は、自立・持続のための仕事をやるつもりならば、かなりのチャンスがあると言う事です。そのための組織に切り替わらねばならないと言う事です。

組合のリーダーたちへのビジネスの話の後、Y4のメンバーに会いに行きました。事情聴取と言えば聞こえは良いですが、懐かしい面々のご尊顔を拝したくて、出かけました。3人集まりました。みんな、赤ん坊づれです。旦那も顔を出すなかなか、いい雰囲気でしたよ。

 

さて、ずっと継続していたアハマッド君との討論についてです。

どうやら、彼が、賃金平等論の発信地のようでした。かたくなに、400名の組合員の支払は、等しくなければならない、を繰り返します。支援事業を遂行するには正しいのでしょうが、それでは現実的に組合は消滅します。ポリシーに自分の生き方を定めるのは美しい事かもしれませんが、それにより、豊かな夢や希望、現実が削ぎ落とされて行く。どこの国にも、いますよね、このタイプ。

 最後の最後、イスラムのお祈りの後、ようやく、Y4とRとの間を取り持つ事を約束してくれました。

 いやあ、のどがからからでした。ゴメイサツ。ビールがうまかったですよ。

 

3月始めの展示会に我々が、自腹を切ってでもンジャメナに行く価値があるや無しや。この後の事に関しては、又これから報告になりますね。

 

 

| 未電化地域支援 | 10:02 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
又チャドに行って来ました。

1月29日から2月12日まで、再度チャドに行きました。今回は、首都での展示会と大統領の息子ザカリア氏と会う事が目的でした。残念ながらザカリア氏との面会はかないませんでした。それでも、今回は、後述するように、行かねばならないタイミングだったようです。展示会は2/2と2/3にわたり、ンジャメナの女性センターで行なわれました。建物は、こんなに立派です。しかし、予約せずに前日でも会場が取れる状況ですから、利用はほとんど無いと言えますね。多分、中国の援助で作られたものなのでしょうが、原発の交付金で作った施設の維持管理で持て余す、日本の状況がすぐに思い浮かびます。

 

予定通りと言うか、案の定、準備は何もできていず、担当のアルハッジ君だけがバタバタしていました。彼,全部自分で背負い込んでしまうまじめなタイプなんです。私たちが行ってから、ビラ作り、資料作り、会場予約、案内状配り、、、2日間でも、結局2/3の午前中の一回がメインでした。前日は、人も来ずに、予行練習が出来て、結果的に良かったです。

ティシからは組合のリーダーおばさんたちが姿を見せ、技術担当は、来日メンバーのファーティマだけでした。他の指導員たちは? と聞くと、来れないとの返事。その時は、旦那が出してくれなかったんだろうと、納得しました。しかし、実は背後で大変な事態が進行していたのです。この事は、後ほど。

 

 

来客は外部からは10名程度だったでしょう。それでも、2日前に案内状を受け取って来る人達、非常に熱心で、それなりに権限のある人達が集まりました。日本で言えばJICAにあたる再生可能機構や、女性省の役人、そしてカメルーン日本大使館の水野さん(大使館の無いチャドはカメルーンの管轄です)などなど。

女性たちが太陽電池を仕事づくりを目指して製作する、皆さんも、とてもインパクトがあったようで、3月始めの女性の日に、もう一度展示会を開催する方向で、動き出しました。もし、実現すると、その時は、女性組合に取っても、手作り太陽電池に取っても、そしてチャドのエネルギー政策にとっても、大きな転換点になりそうです。

 

 水野さんには、私がティシに飛ぶ前日の2/5の夜まで、私とザカリア氏との間を色々と調整して頂きました。情報が入る度に、持って行った背広を用意したり、又片付けたり。ジェットコースターに乗っている気分。

そして、その気分は、ティシで最高潮に達します。

この話は、次で。

 

| 未電化地域支援 | 11:53 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド高官と

1月13日、帝国ホテルで、チャド大統領の息子のザカリア氏(大統領府国家秩序官)と、IOMの佐藤代表とともに、話をする機会を頂きました。チャドでの我々の活動の報告と、手作り太陽電池を中心とした新しい電化事業の考え方を話させてもらいました。我々の活動に関しては、すでに知っており、わざわざ自分で調査したとの事です。新しい電化事業に関しては、非常に興味を持ってもらい、時間を延長してまでも、熱心に質問をされていました。ティシの女性たちの作った太陽電池が、日の目を見ると良いな。そして、各地に点在する小さな工房で、人々が造り出す太陽電池がその地域の電化を担う仕組みができると、嬉しいなあ。

 ちなみに、私、吊るしを持っていなかったので、この時のために大枚をはたいて、ハジメテ、背広と言うものを着用しました。礼服位は持ってますが。もちろん、帝国ホテルも、始めて。

| 未電化地域支援 | 16:04 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告12. 帰路。

12/6 朝4時起床。毎朝の太極拳を庭でやる。暗いとやりにくい。バランスが取りにくい。6時過ぎに10人の兵隊さんに守られて、ティシを離れる。この日まで、メールはもちろん、電話も不通。僕らはすでに行方不明者になっているかもしれない。ランクルには来た時と同じメンバー7人。ガタンゴトン、ガッチン、ゴッチン、ファー、ヒャー、フウー。

キレットでは、街灯修理。太陽電池の不具合と思っていたが、バッテリーもダメになっているようだ。これから先は、もしどうしても必要ならば、キレットの皆さん、お金を集めて、女性組合に修理を依頼して下さい。

ドライバーのヒッセン氏、井戸の補修を始めていた。

井戸はどこでも貴重だ。しかし、残念ながら水は上がって来なかった。どうやら、どこかでエアをかんでいる。修理は又にして、僕らの旅の先を進める。

昼飯は、途中の町。来る時と違って、沢山の人。どうやら、マルシェの日に当たったようだ。

おばさんが焼いているのはそば粉のクレープ。ハベテの作業は素手。熱くないのかなあ。

ここに来て、ようやく、ショートメールが回復した。僕らは、予定通りに戻っているよ。

 

しかし、一難さって又一難。ゴズベーダーにつくと、僕らの乗るはずの明朝フライトの予約名がない!!! 慌てて、ンジャメナIOMオフィスに。この町に到着した時間が、まだ18時だったのが、不幸中の幸い。どうにか、予約名のない事を報告する事だけは出来た。さてどうなるのか。ビールを飲んで寝よう。

朝、宿舎の庭にきれいな花が咲いていました。あまり花の姿を見かけないので、この赤い色がとても新鮮でした。

どうやら、僕らは飛行機に潜り込めたとの知らせ。ほっと一息。

皆さん、お疲れさまでした。

 

| 未電化地域支援 | 14:02 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告11. 価格決定

12/5 いよいよ最後の日だ。価格決定と、資材の発注の仕方を説明しなければならない。まずは、発注の仕方。リーダーおばさんたちに説明した事を、再度、中心メンバーに説明。いつもきちんと在庫を確認して、不足品は、早めに調達するんだよ。受け取ったら、ちゃんと検品するんだよ。。。。

 そして、価格決定。各部材の原価を伝えて、積算して行く。すると、かなり高い物になってしまう。彼女たち、明らかに落胆の気配。商品は、仕入れる量によって値段は大きく変わる。輸送料も、全く違う。そうした説明を入れる。女性組合は、今立ち上げの力を付ける時期なのだから、原価にこだわる必要はない。売って、自分たちの手でお金を稼ぐ、その体験を積み上げる事に重点を置いて欲しい、等等と説明。しかし、なかなか落胆の気配から脱する様子が見られない。

 それでも、ミニSHSの3種類の売価を決めようと言うことになり、ここからは、もう通訳も入れない。アラビックで、ケンケンガクガクの議論が始まる。

そのうち、プイッと、司会をしていたアハマッド氏がいなくなる。ああ、決まらないのかなあ、とこちらの気持ちは真っ暗くら。

間もなく、戻って来たと思うとも、机に並んだ3つの種類の商品を手に、右に左に。その度に、女性たとは、大声や、笑い声。ウーーン、なんか、上手くいきそう。後で聞くと、彼,ロールプレイ、を仕掛けたらしい。自分が客になり、交渉のやり取り。

 最終的に、原価とそれほど大きなずれのない価格に落ち着いた。やれやれ。

 会議が終わって、おばさんの一人が、僕にほほを寄せてくれたのには、感動しました。よほど、嬉しかったんだろうね。

 これから、しっかり稼ぐんだよ。

 

 

 

| 未電化地域支援 | 13:28 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド報告10. お米

12/4 最後のお休み。お願いしてあった田んぼを見に、ミシェルに連れて行ってもらった。場所は、前々回見たスーダンよりの河原では無く、空港のすぐわき。サイトから車で15分か。直播きの在来のタイプと、日本の若月教授が指導したジャポニカ米の二種類。在来タイプは、すでに刈り取りが終わり、藁は、倒れていた。若月米は2週間くらい後に収穫との事。去年は、雨期が終わってからの種まき。到底収穫にはならない。今年は、雨期の最中に開始。そして雨期が終わっての収穫。

 

みんな、これだけ取れるとは思わなかったとの事、来年は、全部に植えると大はりきり。こちらも嬉しくなってします。でも、

曲りなりにも小生も、米をつくっている。一言くらいは、いいかなあ。若月米、水の管理があまり良くなかったのか、緑のママのところと、稔ったものとの混在となっていた。もう少し、出穂の時期の水が欲しいところだ。

 

収穫した稲は、小屋に収納。ネズミの被害は今のところないとの事。300kgの籾での収穫。籾摺は、近々すると言う。おいしいお米、おめでとう。ちなみに、この小屋には、ごまも保存されていた。

| 未電化地域支援 | 13:02 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP
チャド8. 小話

これは、ゲストハウスの庭に植えられているトマト。実は小さくて、それほど甘くはない。このあたりも、改良すれば、沢山うまい物が出来そうだ。昼の食事は、昼はオフィスの隣りのおばさんがつくってくれるチャド食。トマト味がベースのスパゲッティとか、パン、米。時には、鶏の丸焼き。

 

チャドの夕日。河の向こうは、中央アフリカ。

夕暮れになると、ぼくらは、ガソリンコンロでお湯を沸かして、夕食の支度に入る。キャンプ用品。これはとても重宝しました。小峯さんが持って来てくれました。ガソリンは、実はどこでも手に入るんです。ペットボトルで。

食事はアルファ米、フリーズドライ、レトルト等等。めいめいかなり選び込んでこの地に持って来ていました。小生だけが、簡単なアルファ米のセットとスープだけ。カツ煮とか、ハンバーグとか、実にうまそう。生来口の汚い私としては、他人の食い物がうまく見えて仕方ない。おねだりして、わけてもらいました。何よりも、そこで食わせてもらったラーメンのうまかったこと。私は帰国後、まず最初にラーメンを食べるのが習いだったけれど、今回は、その必要はありませんでした。絶品のラーメンでした。インスタントではありませんよ。

 食事が出来るまでの間のビール、これ又最高。ガーラと言う国産ビール。砂漠で飲む冷えたビール、こたえられません。

| 未電化地域支援 | 12:19 | - | - | - | - | ↑PAGE TOP